ウマは人の顔を写真だけで見分け、半年会わなかった世話人を覚えていました。人の恐怖や喜びに行動と心拍で反応し、ルール変更には損得を見てすぐ戦略を切り替えます。さらにシマウマの縞は、アブの着地を失敗させる可能性があります。近年の原著論文から、ウマ科の意外な能力を6つ紹介します。
この記事の読み方
- 結果は論文が直接示した範囲と、研究者の解釈を分けて説明します。
- 実験頭数が少ない研究は「すべてのウマに当てはまる」と一般化しません。
- 「感情移入」「計画」「言語」のような人間中心の言葉は、証明済みの能力として断定しません。
- 研究年、対象頭数、実験方法を併記し、何が分かったのかを確かめられる構成にしています。
1.半年会わなくても、人の顔写真を見分けた
2020年のScientific Reports論文では、11頭の雌ウマがタッチスクリーンで顔写真を選ぶ課題に参加しました。まず繰り返し登場する顔を選ぶと報酬が出る規則を学び、その後、実生活で知っている世話人と未知の人物の写真を提示されました。
ウマは、現在の世話人だけでなく、6か月会っていなかった以前の世話人の顔写真も偶然以上の頻度で選びました。テストではどちらを選んでも報酬が出るため、その場で新しく正解を学んだとは考えにくい設計です。
ただし、対象は同じ施設で育った3歳の雌11頭で、写真も女性の顔でした。「すべての性・年齢・飼育歴で同じ」とまでは言えません。それでも、現実の人物を二次元の写真へ対応づけ、顔の長期記憶を使えることを示した重要な結果です。

2.人の「喜び」と「恐怖」がウマへ伝わる?
2025年の研究では、45頭の雌ウマに、見知らぬ人物が喜び、恐怖、中立を表す映像を、顔と声を組み合わせて見せました。映像を見ている間の姿勢、顔の動き、左右どちらの目を使うか、心拍、目の温度を記録しました。
恐怖映像では中立映像より警戒姿勢が長く、目の温度上昇も喜び・中立条件より大きくなりました。喜び映像では中立映像より右目を使う傾向が強まり、恐怖と喜びの両条件で心拍が高まりました。研究者は、他個体の情動状態に自分の状態が近づく情動伝染と整合すると解釈しています。
これは「ウマが人の気持ちを言葉どおり理解した」「共感を証明した」という意味ではありません。映像と音声に含まれる手がかりへ反応し、その後の状態が変化したことを示す実験です。日常の接し方や声の調子が、ウマの状態に影響しうる点は福祉上も重要です。
3.罰点が加わると、すぐ戦略を変えた
2024年の研究では20頭のウマに、鼻でカードへ触れると報酬が出る課題を教えました。途中から「停止信号が出ている間に触れると、次の報酬機会を10秒間失う」というコストを追加しました。
するとウマは、追加後すぐに停止信号中の誤反応を減らしました。著者らはこの急な変化を、単純に何度も失敗して覚え直しただけでなく、行動の結果とコストを内部モデルで評価する戦略と整合する証拠だとしています。
論文の表現は「モデルベース戦略と整合する証拠」であり、「未来を人間のように計画した」と断定してはいません。重要なのは、ウマを「刺激に機械的に反応するだけ」とみなす説明では、結果を十分に説明しにくいことです。

4.顔は耳だけでなく、動きの組み合わせで読む
2025年のPeerJ論文は、36頭の家畜ウマの自然な個体間交流を72時間撮影し、顔面筋の動きを客観的に記録するEquiFACSで分析しました。研究チームは、友好的交流、遊び、攻撃的交流、注意など22の行動にまたがる805組の顔の動きを整理しました。
一つの耳や唇の動きが一つの感情へ固定されるのではなく、同じ動きが複数の文脈で使われ、組み合わせと強さが変わりました。遊びでは開いた口を含む「プレイフェイス」が現れ、霊長類や肉食動物の遊び顔との類似も報告されています。
新たに記載されたAUH21は、首から顔側面へ広がる広頸筋を収縮させ、顔の輪郭を際立たせる動きです。人とテナガザルでは知られていましたが、既存の顔面動作符号化体系をもつ他種では未報告でした。将来の痛み・情動評価に役立つ可能性はありますが、AUH21単独が特定感情を示すとはまだ言えません。
5.いななきは、二つの音で感情情報を分ける
2015年の音響研究は、ウマのいななきに、互いに単純な倍音関係ではない二つの基本周波数が同時に含まれることを示しました。低い成分の周波数と音のエネルギー分布は興奮の強さ、高い成分と鳴き声の長さは快・不快の方向と関連しました。
つまり一声の中で、「どれほど高ぶっているか」と「快いか不快か」に関係する情報が、比較的独立した音響要素へ分けて載っている可能性があります。これは人に文章を伝える「言語」ではありませんが、群れから離れた仲間へ内部状態を伝える精巧な信号です。
2026年のCurrent Biology論文は、内視鏡、CT、摘出喉頭へ空気とヘリウムを通す実験などを組み合わせ、高い成分が声帯振動ではなく喉頭内の空力的な口笛で生じる証拠を示しました。低い成分は声帯振動なので、ウマはいわば「声を出しながら喉で口笛を吹く」二つの機構を同時に使います。
6.シマウマの縞は、アブの「着地」を邪魔する

2019年のPLOS ONE研究は、同じ牧場で飼われたサバンナシマウマと単色のウマへ近づくアブ科昆虫を動画で比較しました。アブはどちらにも近づきましたが、シマウマにはうまく減速できず、接触しても着地に失敗する割合が高くなりました。
さらに同じ家畜ウマへ、黒、白、白黒の縞模様の馬着を順に着せる実験では、縞の馬着で着地が大幅に減りました。一方、馬着で覆われない頭部への着地は変わりませんでした。動物のにおいや行動だけでなく、表面の縞模様そのものが近距離の着地を妨げたことを示す巧みな比較です。
この結果は、縞が捕食者からの迷彩や体温調節だけのために進化したという説明より、吸血昆虫対策説を強く支持します。ただし、縞がアブの視覚でどのように処理されるか、模様の幅や方向が何を変えるかは、現在も研究対象です。
研究結果を飼育へ生かすときの注意
これらの研究から、ウマが人の顔、声、行動の結果を細かく扱うことは分かります。しかし「耳が後ろなら怒っている」のような一つのサインだけで感情を決めるのは危険です。顔全体、姿勢、行動の文脈、個体の普段の状態を一緒に見る必要があります。
また、認知実験の成績を「賢さランキング」へ置き換えることもできません。課題への慣れ、動機づけ、過去の人との関係、視覚や聴覚の個体差が結果へ影響します。研究が教えるのは、ウマを単純化せず、検証可能な方法で能力を調べる姿勢です。
まとめ
- 11頭の雌ウマは、半年会っていない世話人の顔写真を偶然以上に選んだ。
- 人の喜び・恐怖の映像は、その後のウマの行動と生理状態へ異なる影響を与えた。
- コストを追加すると誤反応を即座に減らし、モデルベース戦略と整合する結果を示した。
- 805組の顔の動きが整理され、表情は一部位ではなく組み合わせで読む必要がある。
- いななきの二つの音響成分は、興奮度と快・不快に関係する情報を分けて運ぶ。
- シマウマの縞はアブを遠ざけるより、近距離での制御された着地を失敗させる。
主な参考論文
- Lansade et al., Scientific Reports (2020)(世話人の顔写真と6か月の記憶)
- Jardat et al., Scientific Reports (2025)(人からウマへの恐怖・喜びの情動伝染)
- Langbein et al., Applied Animal Behaviour Science (2024)(停止信号課題とモデルベース戦略)
- Lewis et al., PeerJ (2025)(ウマの社会的な顔の動きのエソグラム)
- Briefer et al., Scientific Reports (2015)(いななきの二重基本周波数と情動情報)
- Caro et al., PLOS ONE (2019)(シマウマの縞とアブの着地)
- Lansade et al., Scientific Reports (2020)(世話人の顔写真と6か月の記憶)
- Jardat et al., Scientific Reports (2025)(人からウマへの恐怖・喜びの情動伝染)
- Evans et al., Applied Animal Behaviour Science (2024)(停止信号課題とモデルベース戦略)
- Lewis et al., PeerJ (2025)(ウマの社会的な顔の動きのエソグラム)
- Briefer et al., Scientific Reports (2015)(いななきの二重基本周波数と情動情報)
- Lefèvre et al., Current Biology (2026)(高音成分を作る喉頭内の空力的な口笛)
- Caro et al., PLOS ONE (2019)(シマウマの縞とアブの着地)
注:研究結果は各実験の対象、条件、統計モデルの範囲で解釈しています。動物の診断や訓練法を決める記事ではありません。研究年はオンライン公開年を基準にしています。

