クマは「大きくて力の強い単独性動物」という印象をもたれがちです。しかし長期動画、カメラトラップ、生理学、GPS、ゲノムを組み合わせると、棒を道具として使い、相手の表情を正確にまね、木に視覚と匂いの伝言を残し、半年以上動かなくても血栓と骨量低下を防ぐ姿が見えてきます。ここでは近年の査読研究から、意外な発見を8項目紹介します。
この記事の読み方
- 「クマ」と一括りにせず、どの種・集団・個体を調べたかを明記します。
- 野生動画、飼育下実験、分子実験、GPSでは分かる範囲が違います。
- 少数例の珍しい行動と、種全体に共通する性質を区別します。
- 医学応用は可能性であり、クマの仕組みがそのまま人へ使えるわけではありません。
1.野生のアメリカクロクマが棒を「背中かき」に使う
2023年のUrsus誌は、米国モンタナ州で2012〜2022年に得た長期動画から、野生アメリカクロクマの道具使用を報告しました。6頭が小川の底から棒を拾い、前足で操作して体をかいたり、こすったりしたのです。単に棒に偶然触れたのではなく、物体を持ち上げ、目的に合わせて体へ当てた例が「真の道具使用」と分類されました。
別の1頭は、檻式わなの近くにある若木を操作し、吊られた餌へ届こうとしたように見えました。道具使用個体の一部には親子関係があり、研究者は社会学習または遺伝的傾向の可能性を挙げています。ただし6頭という小標本から学習経路は決められません。「すべてのクロクマが棒を使う」のではなく、長期観察がまれな能力を捉えた研究です。
2.マレーグマは遊び相手の「顔」を正確にまねる
2019年のScientific Reports研究は、ボルネオの保全施設で22頭のマレーグマが遊ぶ場面を分析しました。相手が口を開いた表情をすると、別の個体も短時間で同じ表情を返しました。しかも歯を見せる型と隠す型を区別して、同じ型を正確にまねる傾向がありました。
マレーグマは野生では単独性が強い種です。それでも、相手がこちらを見ているときに表情を出し、穏やかな遊びの最中に正確な模倣を行いました。複雑な顔コミュニケーションは大きな社会集団をつくる霊長類だけの能力ではないことを示します。一方、表情模倣が遊びの激しさ調整、絆、感情共有のどれに効くかは未解明です。

3.ジャイアントパンダは寒い日に新鮮な馬糞へ転がる
中国・秦嶺山脈の野生パンダで、馬糞を嗅ぎ、全身へこすりつける珍しい行動が記録されました。2020年のPNAS論文では、カメラが捉えた38回の多くが気温15℃未満で、古い糞より新鮮な糞を選びました。
新鮮な馬糞に多いβ-カリオフィレンとカリオフィレンオキシドは、冷刺激を検出するTRPM8経路を抑えました。化合物を使ったマウス実験では寒冷回避が弱まり、パンダでも冷たさの不快感を下げる可能性が提案されました。
重要な限界は、パンダ自身で体温や神経応答を直接測ったわけではないことです。匂い付けや寄生虫対策など、別の機能も排除できません。「馬糞が防寒着になる」と断定するより、野生行動、化学分析、細胞、マウスをつないだ有力仮説です。
4.ヒグマは木に「匂い」と「見える印」を重ねる
木へ背中をこする行動は、単なるかゆみ取りではありません。2023年のJournal of Mammalogy研究は、スペイン・カンタブリア山脈の13本の標識木をカメラで監視し、既存の樹皮剥ぎ跡を同じ樹種の皮で隠す操作実験を行いました。
成獣オスは繁殖期に、こすりつけによる化学標識と、爪や歯で樹皮を剥ぐ視覚標識を組み合わせました。視覚標識は調べた地域では成獣オスだけに見られ、高さが体格や優位性の手掛かりになる可能性があります。匂いは暗所でも情報を残し、明るい傷跡は離れても見えます。単独性の動物が、会わずに情報を交換する掲示板です。
5.北極圏のヒグマは平均206日、最長233日巣穴にいた
2025年のWildlife Biology研究は、主に北極圏より北で暮らすヒグマのGPSデータから、巣穴へ入る日と出る日を推定しました。平均206日、最長233日で、GPS研究として報告された中でも特に長い期間でした。最長個体は1年の64%を巣穴で過ごした計算です。
秋にサケを多く利用したとみられる個体は入穴が遅く、母子はほかの個体より1週間以上遅く出穴しました。冬眠期間は固定された種の特徴ではなく、秋の食物、緯度、性、子育てに応じて変わります。平均値はこの北極集団の結果で、温暖地のヒグマには当てはまりません。
6.半年動かなくても血栓ができにくい鍵はHSP47
人では長期の不動が静脈血栓塞栓症の大きな危険になります。ところが冬眠中のヒグマは数か月ほとんど動かなくても、同じ問題を起こしにくい。2023年のScience研究は、活動期と冬眠期の野生ヒグマの血小板を比較し、冬眠中に熱ショックタンパク質47(HSP47)が大幅に低下することを見つけました。
HSP47を減らすと、免疫細胞の活性化と好中球細胞外トラップ形成が弱まり、血栓形成が抑えられました。研究は脊髄損傷で長期間動けない人やマウス、ブタにも比較を広げ、長期不動に適応した哺乳類に共通する仕組みを示しました。
すぐに「クマ由来の血栓薬」ができたわけではありません。HSP47は組織で別の役割ももち、安全な標的化が必要です。それでも野生動物の季節生理から人の疾患機構を探る好例です。

7.冬眠中も骨と筋肉を守る信号配分
アメリカクロクマの骨と骨髄を比較した2021年研究では、冬眠中に骨吸収、破骨細胞分化、細胞死に関わる遺伝子群が協調して低下しました。人なら寝たきりで骨密度が落ちやすい期間に、骨を壊す側の働きを抑える仕組みです。
2022年のヒグマ研究は、IGF(インスリン様成長因子)を運ぶ複合体が冬眠中に小型化し、血管外の組織へ届きやすくなる可能性を示しました。血中のIGF総量は下がっても、必要な組織で利用しやすい配分へ変わるという仮説です。骨や筋肉の維持は一つの「冬眠遺伝子」ではなく、骨吸収、成長因子、代謝、窒素再利用など複数系の協調です。
8.陸上の餌ではホッキョクグマの赤字を埋めにくい
海氷減少で陸にいる期間が延びると、ホッキョクグマはベリーや鳥の卵を食べれば適応できるのでしょうか。2024年のNature Communications研究は、カナダ・マニトバ州の20頭を19〜23日追跡し、活動量、食事、体組成、エネルギー消費を測りました。
個体は休んで省エネするものから、54〜175km泳ぐものまで多様でした。ベリー、植物、鳥、骨、アザラシやシロイルカの残骸も食べましたが、20頭中19頭が1日0.4〜1.7kg体重を失いました。陸上採食による利益は、増えた消費エネルギーを埋める以上には小さく、予測される飢餓までの時間をほとんど延ばせませんでした。
これは「陸の餌を全く利用できない」という結果ではなく、「アザラシの脂肪に代わる量と質を得にくい」という結果です。行動の柔軟性があっても、海氷という狩り場の機能を置き換えられるとは限りません。

研究方法で見えるクマが変わる
| 方法 | 分かること | 主な限界 |
|---|---|---|
| 長期野外動画 | まれな道具使用、個体差、親子関係 | カメラの前に来る個体へ偏る |
| 飼育下の行動コーディング | 視線、表情、遊びの細かな時間関係 | 野生の出会い頻度と環境が違う |
| カメラトラップ操作実験 | 木の印に対する反応と通信機能 | 一地域・限られた標識木の結果 |
| GPS・加速度・体組成 | 移動、活動、エネルギー収支 | 装着期間と捕獲可能な個体に制約 |
| 季節比較・分子実験 | 冬眠を支えるタンパク質と遺伝子経路 | 相関だけの結果と因果実験を区別する必要 |
「単独性」は「社会情報を使わない」ではない
マレーグマの表情、ヒグマの標識木、アメリカクロクマの親子間での道具使用候補は、クマの社会性を考え直させます。普段単独で採食していても、母から学び、匂いと視覚標識を読み、短い出会いで遊びの意図を調整できます。
社会性は「大群をつくるか」の一軸ではありません。長期間残るメッセージ、学習する期間、餌場での一時的な集まりなど、直接会わずに情報を利用する能力も含みます。
まとめ
- 野生アメリカクロクマの複数個体が棒を体こすりに使った。
- マレーグマは遊び相手の開口表情を同じ型でまねる。
- パンダの馬糞転がりは、冷感経路を抑える化合物利用の可能性がある。
- ヒグマは木に化学標識と目に見える標識を重ねる。
- 北極圏のヒグマ集団では平均206日の巣穴利用が測定された。
- 冬眠中はHSP47低下などで血栓を防ぎ、骨・筋肉を保つ。
- ホッキョクグマの陸上採食は、海氷上の高脂肪食を代替しにくい。
- 各研究の個体数、地域、方法を確認して一般化する必要がある。
主な参考論文
- Reynolds-Hogland et al. (2023), Ursus(野生クロクマの道具使用)
- Taylor et al. (2019), Scientific Reports(マレーグマの表情模倣)
- Zhou et al. (2020), PNAS(パンダの馬糞転がり)
- Penteriani et al. (2023), Journal of Mammalogy(ヒグマの視覚・化学標識)
- Deacy et al. (2025), Wildlife Biology(北極圏ヒグマの巣穴期間)
- Thienel et al. (2023), Science(HSP47と血栓防止)
- McGee-Lawrence et al. (2021), Scientific Reports(冬眠中の骨量維持)
- Frøbert et al. (2022), AJP Endocrinology and Metabolism(IGF系と組織維持)
- Pagano et al. (2024), Nature Communications(陸上ホッキョクグマのエネルギー収支)
注:研究数値は各調査地域・個体・期間に基づきます。記事内の生成画像は研究結果を説明する概念図で、実験写真ではありません。

