イルカは仲間の尿を味わい、同じ個体の「署名笛」と結び付けました。母親は子どもがそばにいると笛の音域を変え、遊び相手が口を開くと1秒以内に同じ表情を返すことがあります。さらに、微弱な電場を感じ、海綿を道具として母から子へ伝える集団もいます。近年の原著論文から、驚きの能力を6つ紹介します。
この記事の読み方
- 野生観察と飼育下実験を区別し、対象個体数や研究条件を併記します。
- 「名前」「赤ちゃん言葉」「笑顔」「薬」は分かりやすい比喩です。人間と同じ意味や意識を証明したわけではありません。
- 一種・一地域で得た結果を、すべてのイルカへ一般化しません。
- 発見そのものと、機能についての仮説を分けて説明します。
1.母イルカは子どもの前で笛の音域を変える
2023年のPNAS論文は、米国フロリダ州サラソタ湾で34年間にわたり蓄積された録音から、19頭の母イルカの署名笛を比較しました。署名笛は個体ごとに特徴的な音の輪郭をもち、自分の存在を周囲へ知らせる信号です。
同じ母親でも、自分の子がそばにいるときは、いないときより最高周波数が高く、周波数の幅が広くなりました。人が乳幼児へ話すときに声を高く抑揚豊かにする「乳幼児向け発話」と似た変化で、19頭すべてに同じ方向の差が見られました。
ただし、子イルカが実際に注意を向けやすくなったか、発声学習が促進されたかは、この比較だけでは直接検証されていません。「赤ちゃん言葉」と呼べる音響変化は確認されましたが、その効果は次の研究課題です。

2.遊び中に「笑顔」のような表情をまねた
2024年のiScience研究は、イタリアとフランスの施設で暮らす22頭のハンドウイルカを撮影しました。研究者は、相手をかもうとせず口を開けたままにする「開口ディスプレイ」を、単独遊び、人との遊び、イルカ同士の遊びで比較しました。
記録された1288回の開口のうち92%はイルカ同士の遊びで起こり、89%は相手から顔が見える位置で出されました。相手が開口を見た場合、約33%で1秒以内に同じ開口を返しました。見ていない場合より模倣確率が大幅に高く、単なる同時行動では説明しにくい結果でした。
見た目は笑顔に似ていますが、人の喜びを表す微笑みと同じとは限りません。研究が示したのは、「これは遊びだ」と伝える可能性のある視覚信号と、素早い表情模倣です。また対象は飼育下の個体で、野生個体で同じ頻度かは未確認です。
3.鼻先で微弱な電場を感じ取れる
2023年のJournal of Experimental Biology研究では、2頭の雌ハンドウイルカが、水中装置で電場の有無を答えるゴー/ノーゴー課題に参加しました。2頭は直流電場をそれぞれ1センチメートル当たり2.4、5.5マイクロボルトまで検出しました。
感覚器の候補は、出生後にひげが抜けたあと口先に残る小さなくぼみです。ここには多数の神経が入り、底砂に隠れた魚が筋肉やえらの活動で作る電場を、最後の数センチで見つけるのに役立つ可能性があります。
研究者は、泳ぐ体に地磁気が作用して生じる電場を感じれば長距離方向定位にも使える可能性を論じました。しかし、実験で直接示したのは弱い電場の検出です。「電気感覚で地球の磁気地図を読む」ところまでは仮説です。

4.味と署名笛を結び付けて友達を識別した
2022年のScience Advances研究では、飼育下のハンドウイルカへ既知個体と未知個体の尿を含む海水を提示しました。イルカは既知個体の尿を、未知個体の尿より約3倍長く口で調べました。イルカ類は嗅球を失っているため、においではなく水に溶けた成分を味覚で調べたと考えられます。
次に、知っている個体の尿と署名笛を組み合わせ、同じ個体同士の組み合わせと、別々の個体を混ぜた組み合わせを比較しました。10頭を使った最終課題では、尿と笛が一致したときの方が提示場所を長く調べました。
これは、音と味という異なる感覚情報を「同じ仲間」という概念へまとめている証拠です。署名笛を便宜的に「名前」と呼ぶことはできますが、人の単語と同じ文法的機能をもつと証明したわけではありません。
5.特定のサンゴへ並んで体をこすり付ける
紅海北部で2009年から観察されたミナミハンドウイルカは、どの海底生物でもよいわけではなく、特定のヤギ類、ソフトコーラル、海綿を選び、体の特定部位をこすり付けました。成体は硬いサンゴへ全身をこすり、子どもは成体を観察した後に行動を始めました。
2022年のiScience研究は、イルカが選んだ無脊椎動物の抽出物を分析し、抗菌、抗酸化、ホルモン様作用などをもつ既知・未知の生理活性化合物を確認しました。こするとサンゴの粘液が皮膚へ広がるため、皮膚の恒常性を保つ「薬浴」のような機能が提案されています。
ただし、こすった個体の感染症が治ったことを追跡した臨床試験ではありません。選択行動と生理活性物質は確認されましたが、自己治療効果は有力な仮説として扱うのが正確です。
6.海綿を道具にする文化が母から子へ伝わる

オーストラリア・シャーク湾の一部のミナミハンドウイルカは、海底から海綿を取り、口先へかぶせて砂地を探ります。鋭い岩や毒棘をもつ生物から口先を守りながら、底に隠れた魚を追い出す「スポンジング」と呼ばれる道具使用です。
2019年のBiology Letters研究は、社会関係、血縁、行動圏、海綿が得られる環境を同時に組み込んだネットワーク解析を行いました。その結果、スポンジングは遺伝や生息地だけでは説明できず、母から子、特に娘へ垂直的に社会学習されることが強く支持されました。
シャーク湾では貝殻へ魚を追い込む狩りなど、別の技術が仲間から広がる例もあります。すべてのイルカが同じ道具を使うのではなく、地域集団に固有の技術が学習で継承される点が「文化」と呼ばれる理由です。
「イルカは賢い」を科学的に読むには
これらの研究は、イルカが感覚情報を統合し、相手の注意を読み、社会学習することを示します。しかし、知能を一つの順位へ並べることはできません。海で音を使う課題に適した能力と、人が文字や道具を使う能力は、異なる環境で進化しました。
対象の多くはハンドウイルカ属です。マイルカ科41種やカワイルカ類がすべて同じ能力をもつとは限りません。また飼育下実験は条件を統制できる一方、野生の複雑な環境と同じではありません。研究結果は種、地域、対象数、課題をセットで読む必要があります。
まとめ
- 19頭の母イルカは、子がそばにいると署名笛の最高周波数と音域を変えた。
- 22頭の飼育個体では、遊び中の開口表情が相手に見える位置で多く、素早く模倣された。
- 2頭のハンドウイルカは非常に弱い直流電場を検出した。
- 味覚で既知個体を区別し、尿と署名笛が同じ仲間を示すか照合した。
- 特定のサンゴと海綿には生理活性物質があり、選択的な擦り付けが自己治療に役立つ可能性がある。
- 海綿道具の技術は、シャーク湾で母から子へ社会学習される。
主な参考論文
- Sayigh et al., PNAS (2023)(母子間の署名笛と乳幼児向け発声)
- Maglieri et al., iScience (2024)(遊び中の開口表情と素早い模倣)
- Hüttner et al., Journal of Experimental Biology (2023)(ハンドウイルカの微弱電場検出)
- Bruck et al., Science Advances (2022)(尿の味と署名笛による個体識別)
- Morlock et al., iScience (2022)(サンゴ・海綿への擦り付けと生理活性物質)
- Wild et al., Biology Letters (2019)(海綿道具の母系内文化伝達)
注:研究結果は各論文の対象個体、飼育・野生条件、統計モデルの範囲で解釈しています。「笑顔」「名前」「薬」「文化」は比較のための表現を含み、人間と同一の心理過程を意味しません。

